複雑性PTSDとPMDDを抱えている私をさらけ出します
改めて、自己紹介をしたいと思います。
私がSubstackを始めたのが2026/6/4です。
いろんな方と交流ができ、思っていた以上に楽しんでいます。
昨日、ZOOMでいとんさんとお話しする機会をいただき、
私の自己紹介がまだだったということに気づきました。
そこで、思い切って今までのことを書いてみたいと思いました。
軽い内容ではありません。不快に思う方もいるかもしれませんが、書いてみます。
子ども時代
私は実の親に育てられましたが、21年虐待にあいました。
詳細を書くわけではありませんが、種類としては、身体的、心理的、
ネグレクト、経済的、性虐待です。
そのため、学校には通いましたが人が怖く、
教室に入ることがほとんどありませんでした。
いつしか、私は声すら出せなくなっていました。
というより、声を出した記憶すらありません。
そんな私が、今、話しています。
だいぶ話せるようになったのは3年前です。
もちろん、みなと同じように会話を
するには、だいぶ時間がかかりそうです。
この経験で私は複雑性PTSDの診断をされました。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、
虐待や戦争、災害などの体験によって生じる精神疾患です。
しかし、私はPTSDではなく、複雑性PTSDを患っています。
複雑性PTSDはPTSDと違いこのような定義をされています。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)と複雑性PTSDの主な違いは、トラウマの原因と症状の範囲です。通常のPTSDは単一の強烈な体験で発症しますが、複雑性PTSDは長期にわたる反復的なトラウマが原因で生じ、PTSD症状に加え「感情のコントロール困難」「自己否定」「対人関係の障害」を伴います。
実家から逃げ出したのが21歳です。
シェルターに1時期入り、その後は一人暮らしをしていました。
お付き合いをした方もいますが、現在はまた一人暮らしです。
そのためもう何年も精神科を受診し、カウンセリングを受け治療を続けています。
メンタル面
複雑性PTSDを抱えながら、私は多くの支援を受けています。
ヘルパーさんが週1回来て家事をしてくれる。
訪問看護師さんが週3回来て、状態を把握してくれる。
通院して処方や状態を伝えています。
私は、人が怖い、これが体にも脳にも21年受け続けた虐待で
刷り込まれてしまいました。
だから、できるだけ避けてきました。
外出も怖く、キャップを被り、ヘッドフォンをし、マスクとサングラスという
かなり怪しい恰好ででかけていますが、
人ごみは苦手。誰かに会うということも苦手。
ネットであれ、電話であれ。私は人が怖いから抜けられないでいました。
PMDD
また、PMDDも患っています。
よく、PMSは聞くかと思いますので、違いはこのように言われています。
PMS(月経前症候群)とPMDD(月経前不快気分障害)の最大の違いは「精神症状の重さ」です。どちらも生理の数日前から始まりますが、PMDDはイライラや気分の落ち込みなどが極めて激しく、日常生活や人間関係に深刻な支障をきたします。
PMDDが発覚したのは実は1年ほど前です。
それまでは、生理前になるとなぜか不安が強まり、死にたくなる。
生理が始まればものすごい腹痛。
訪問看護師さんが、もしかしたら、と言ってくれたことがきっかけで精神科の先生にはなしたところ、PMDDだと診断されました。
精神科で対応できることはやったものの、改善しなかったため、今は婦人科でもらったピルを試しています。
現在
ここまで書いてきたように、私は皆と同じように生活ができません。
20年以上精神科にかかり、カウンセリングを受け(現在お休み中)、
そうやって生きています。
ヘルパーさんが家事を手伝ってくれて、訪問看護師さんが週2~3回きて状態を
チェックしています。
睡眠は、普通のように寝ることができません。
いつ親が来るかわからない状況が長くありすぎ、常に緊張しながら
ねる生活をしてきました。
ただ、半年ほど前から睡眠状態に変化が起こっています。
普通とはほど遠いものの、分割睡眠を繰り返して1日に3時間ほど
寝ています。
常に人生を終わらせたいと思い、実際に自殺未遂を2回起こし、
心臓も2回止まりました。でも私は、今生きています。
死への願望と人への恐怖。今の私は、とても生きづらいです。
生きづらさ
私の中でもう一つ書くことがあります。
それが、記憶力が悪いということです。
一般的な記憶力が悪いのではなく、虐待の後遺症で脳の「海馬」という部分が
人よりかなり委縮しています。海馬とは、記憶する部分です。
残念ながら海馬が戻ることはありません。
私はこのことで、あらゆることをぽろぽろ忘れます。
記憶力が悪いレベルとはあまりにもかけ離れています。
そんな私がどうにか生きやすく生きれないだろうか。
そう思った時に私を救ったのが、AIでした。
アプリ24個
ある方がCodexを使っているということを聞いたとき、
何かもわからず私は調べました。そしてわかったのが、アプリを作れるということ。
そこで、簡単なアプリを作ってみました。
今までは紙に書いていた「買い物アプリ」です。
実際にものすごく助けになっています。
そこから、悩み事に対するアプリを作りました。
気づいたときには2週間半で24個のアプリを作っていました。
アプリづくりにはまっているのではなく、困りごとを解決していったら、
24個の問題解決をした。という感じです。
もちろん、全てのアプリを使うわけではありません。
もう役目を終えたものもあります。
ただ、生活をすると何かしらここ直したいな、みたいなことがでてきます。
そのため、おそらくアプリは増え続けるのではないかと思っています。
働く
虐待の後遺症は今もかなり残っています。
何度かバイトをしましたが、フラッシュバックという過去を思い出してしまう
症状があることで、きっかけがあればパニックを起こす。
お皿が割れてもパニックを起こす。
人が怒鳴ってもパニック。
このようなことから、ついにドクターストップがかかってしまいました。
そこで見つけたのが、ネット上で仕事をすることです。
私はこうして、働くことができるようになりました。
そして現在
さまざまなことがあり、病気は治りませんが私は今、
とても楽しんで生活をしています。
ここに書かなかった多くの症状は私が生きにくくしています。
しかし、過去があり、後遺症があるけれどアプリを作り、
そしてSubstackに参加することで急激に変わりだしました。
生きづらい事実は変わりません。
ひょんなことから始めたSubstack(2026/6/4)が私を劇的に変えています。
なぜかは分かりません。
でも、人と交流を持ちたいと思うようになった。
人に実際に会った。
ライブ配信があればでれるものは必ず参加しています。
昨日はよしなりさんが作った「サブスタ村」にも参加しています。
人の記事を読んでは考え、気になった方がいればフォローをしたり、
書いたノートや記事にコメントをします。
これら、私にはまったくなかった、ものすごい変化です。
人が怖くて交わらないで生きてきたのに、今私は、人に興味を
持ち出しています。
ここからどうなるかはわかりません。
病気を抱え、生きづらい事実は変わりません。
生きづらくても、回り道をしてきましたが、私は私なりの方法で
人生を楽しみ始めています。
Substackがどうなるかは私はわかりませんが、まだまだ私は変われる、
そう思っています。
つらつらと書いてきましたが、これからも一緒にSubstackで交流したいです。
そして、生きづらさを抱えている人が、
休憩できる、ホッとできる場所を私は作りたい。
これからもよろしくお願いします。


さくらさん✨
自分の過去を振り返るのってとても勇気のあることだと私は思います。
それを記事にしてくれたというのは、すごいと思う。
前に前に前進しているさくらさんは素敵です✨
嬉しい変化ですね🐰
素敵な記事を読ませていただきありがとうございます✨
さくらさん、ご自分のお辛い体験のシェア、ありがとうございます。私は、息子を自死で亡くして、生きる希望を亡くしていました。メンタル疾患や希死念慮も一般社会では発言し難いですが、SNSで発信して救われました。サブスタ40日目ですが、素敵な場所ですね。よろしくお願いします❤️