発信を続ける私が、「意味あるのか」と思った瞬間
昨日、突然こんなことを思いました。
「これは、本当に意味があるのだろうか。」
久しぶりに、そんな気持ちになりました。
毎日発信を続けていると、目の前の作業をこなすことに精一杯になります。
でも、ふと立ち止まった瞬間、自分の心の声が聞こえてくることがあります。
今日は、そのとき感じたことを書いてみます。
気づけば、毎日走り続けていた
私の朝は、とても慌ただしく始まります。
記事を書き、SNSを更新し、コメントを返し、ライブ配信にも参加する。
ダッシュボードに並んだタスクを、一つずつこなしながら進んでいきます。
気づけば時間はあっという間に過ぎ、私が一息つく頃には、多くの人が一日を始める時間になっています。
その後も、Substackで一人ひとりに挨拶をしながら交流を続けます。
ライブ配信が始まれば参加し、コメントをしながら話を聞く。
止まることなく、ただ前へ前へと進んでいました。
突然、すべてが止まった
その日も、いつもと同じ朝でした。
やるべきことを終え、一息ついた瞬間。
突然、頭の中が静かになりました。
焦っているわけでもありません。
悲しいわけでもありません。
ただ、何も考えられなくなったのです。
テレビの音だけが流れています。
ライブ配信の声も聞こえています。
でも、私だけが止まっていました。
そして、その静けさの中で、一つの言葉だけが浮かびました。
「私、何をしているんだろう。」
「これって、本当に意味があるのかな。」
久しぶりの感覚でした。
久しぶりに、自分へ意識が向いた
以前の私は、こういうことをよく考えていました。
何がしたいのか。
何のために生きているのか。
意味があるのか。
そんな問いが、何度も頭の中を巡っていました。
最近は発信に集中していたので、そんなことを考える時間はほとんどありませんでした。
だからこそ気づいたのです。
私は発信することに夢中で、自分自身を見る時間が少なくなっていたのかもしれません。
ふと自分へ意識が向いた瞬間、心の奥に残っていた問いが顔を出したのでした。
回覧板が、私を現実へ戻してくれた
ぼんやりとスマホを持ち、玄関へ向かいました。
「この暑さの中、外へ出たら少し楽になれるのかな。」
そんなことまで考えていました。
そのとき、玄関に置かれた回覧板が目に入りました。
「あ、次の人に届けないと。」
その一つの行動が、私を現実へ引き戻してくれました。
外へ出ると、息苦しくなるほどの暑さでした。
それでも周りを見ると、普通に歩いている人たちがいます。
「みんな歩いている。じゃあ、大丈夫か。」
そう思いながら回覧板を届け、しばらく玄関の前で立ち止まっていました。
立ち止まる日は、悪い日ではない
私は、ときどきこういう気持ちになります。
以前よりずっと減りました。
だからこそ、「まだ完全に元気になったわけではないんだな」と改めて感じました。
でも、以前とは一つだけ違うことがあります。
今は、「またこの感覚が来た」と気づけるようになりました。
気づけるだけでも、大きな変化です。
立ち止まることは、後退ではありません。
走り続けているからこそ、自分の心が「少し休もう」と教えてくれているのかもしれません。
今日は定期的に通っている内科へ向かいます。
昨日は38度を超える暑さ。
今日もそれ以上になると言われています。
無理をせず、自分の心と体の様子を見ながら、今日もまた発信を続けていこうと思います。
あなたも、ふと立ち止まってしまった経験はありますか。
よければコメントで教えてください。
あなたの経験も、ぜひ読んでみたいです。
\ この記事が良かったらぜひ、リスタックで拡散お願いします♪ /



さくらさん、ちょうど私も昨日同じ状態になりました。だから、徹底して何もしなかった(笑)
立ち止まるって絶対に必要ですよね。
実際に今、私に必要なことかもしれないと思いました。