正直、何が起きているのかわからない
人と関わるのが怖かった私が、今ではコメントのやり取りを楽しんでいます。
少し前までの私からすると、本当に信じられません。
「いいね」を押すのも怖い。
コメントを書くなんてもっと怖い。
そんな私が変われたきっかけは、とても小さな一歩でした。
毎朝投稿していた「おはようございます」です。
Threadsからの通知で息が止まる
ある日、Threadsから通知が届きました。
一瞬、体がこわばりました。
何か変なことを書いてしまっただろうか。
誰かを怒らせてしまっただろうか。
そんな考えが頭をよぎりました。
恐る恐る開いてみると、意外な投稿に反応が集まっていました。
正直、不思議でした。
でも、それ以上に嬉しかったです。
人から反応をもらうことが、こんなに嬉しいものだとは知りませんでした。
「おはようございます」が怖かった
もともとの私は、投稿やコメントはもちろん、「いいね」を押すことさえ怖かったです。
傷つけたらどうしよう。
変な人だと思われたらどうしよう。
否定されたらどうしよう。
そんなことばかり考えていました。
楽しそうに会話している人たちを見ながら、私はいつも外側にいました。
ただ眺めるだけ。
参加する勇気はありませんでした。
でも、本当は羨ましかったのです。
ここに私も入ってみたい。
その気持ちはずっとありました。
そしてある日、思い切って投稿したのが、
「おはようございます」
のひと言でした。
たったそれだけです。
投稿ボタンを押したあとも落ち着きませんでした。
変な投稿だと思われないだろうか。
誰かに嫌なことを言われないだろうか。
何度も画面を見ていました。
でも、何も起きませんでした。
反応もありませんでした。
そして私はホッとしました。
誰にも否定されなかったからです。
今思うと、反応がなかったことが救いでした。
最初から反応が多かったら、逆に怖くなっていたかもしれません。
そこから毎日「おはようございます」と投稿するようになりました。
誰かの「おはようございます」に返信しました。
気になった投稿には「いいね」も押しました。
少しずつです。
本当に少しずつ。
最初は深呼吸をしながら押していた「いいね」も、いつの間にか自然に押せるようになっていました。
気づけば、やり取りそのものを楽しんでいました。
怖さは消えない。でも前に進める
振り返ると、Threadsは私にとってリハビリの場所だったのかもしれません。
その後、Substackを始めたときには自然とコメントを書いていました。
「いいね」も押していました。
交流することが当たり前になっていました。
あれほど怖かったものが、怖いだけのものではなくなっていたのです。
もちろん、今でも怖さはあります。
人が怖くなくなったわけではありません。
でも、怖いから何もしない状態ではなくなりました。
怖くても、一歩踏み出せるようになりました。
振り返ると、私を変えたのは特別な方法ではありませんでした。
毎日少しだけ人と関わったこと。
それだけです。
怖さはすぐには消えません。
でも、少しずつ慣れていきます。
私はそのことを身をもって知りました。
もし今、人との関わりや発信に不安を感じているなら、コメントで教えてください。
ひと言だけでも大丈夫です。
私もそこから始まりました。
あなたの最初の一歩をお待ちしています。



【反応がなかったことが救いでした】なるほどなあと思いました。
最初からたくさん反応が来ることだけが、うれしいことではないんですね。何も起きなかったから、また次の日も「おはようございます」と言えた。その小さな積み重ねが、今のさくらさんにつながっているんですね。私のところにも来てくださって、コメントを書ける場所まで来たこと、すごい変化だと思います。ありがとうございます!