勇気があったわけではありません。怖いまま、一歩ずつ進んだ話
「いいね」を押すだけなのに、指が止まる。
コメントなんて、とても書けない。
発信を始めたばかりの頃は、そんな経験をした方も多いのではないでしょうか。
実は、少し前までの私もそうでした。
それなのに今では、記事を書き、Notesを書き、
コメントを書き、引用リスタックをして、ライブ配信にも参加しています。
勇気がついたからではありません。
今でも怖いです。
それでも、少しずつ前に進めた理由を書いてみます。
「いいね」が押せなかった
最初に怖かったのは、「いいね」を押すことでした。
「これにいいねをしたら、どう思われるかな。」
「いいねだけ押している人だと思われたらどうしよう。」
そんなことばかり考えて、石橋を叩きすぎて押せませんでした。
でも、ある日思い切って一度だけ押してみました。
「あれ、思ったほど怖くないかもしれない。」
そう思って、もう一つ押してみる。
気づけば、「いいな」と思った記事に自然といいねを押せるようになっていました。
「エイ!」だけで進んできた
その次はコメントでした。
コメントを書いてみる。
引用リスタックをしてみる。
どれも大きな勇気ではありません。
「エイ!」
その一言で飛び込むような感覚でした。
怖さは毎回ありました。
でも、一つ終わるたびに、
「なんとかできた。」
その積み重ねだったように思います。
ライブ配信で、自分でも驚いた
それでも、人と関わることは怖いままでした。
今でもそうです。
そんなある日、ライブ配信を見ていました。
たまたま他に誰もいない時間。
次の瞬間、私はこう書いていました。
「音声で話したほうが楽ですか?」
送信したあと、自分でも驚きました。
「なんでこんなことを書いたんだろう。」
「どうしよう。」
「どうしよう。」
でも、もう承認通知が届いています。
押すしかありません。
怖さはなくならなかった
私は怖くなくなったわけではありません。
今でも、サブスタ村で人がたくさんいると退出しようかと考えます。
ライブ配信だって緊張します。
だから、「勇気があったからできた」とは思っていません。
心境が大きく変わったわけでもありません。
私自身、どうしてここまで来られたのか不思議です。
昔の私は、「怖くなくなったら動こう」と思っていました。
だから、一歩を出せずにいました。
「怖いまま動いても、何も変わらない。」
そう思っていたのです。
でも振り返ると違いました。
怖さは一度も消えていません。
変わったのは、「怖くても一度だけやってみよう」と考える回数が少しずつ増えたことでした。
振り返ると答えは一つだったように思います。
「いいね」を押す。
コメントを書く。
引用リスタックをする。
その小さな積み重ねの先に、ライブ配信がありました。
気づけば、一歩ずつ前に進んでいただけだったのです。
怖さは、前に進んでから消えるものではありませんでした。
怖いまま一歩を重ねた先で、少しずつ前に進んでいた。
それが、私に起きていた変化でした。
橋の前で立ち止まっているあなたへ
だから私は、今橋の前で立ち止まっている方に伝えたいです。
飛び込めとは言いません。
逃げてもいいです。
その選択も、あなた自身だから。
ただ、もし少しだけ前に進みたいと思ったら、大きな勇気は必要ないのかもしれません。
「いいね」を一つ押してみる。
そんな小さな一歩でも十分です。
私もそこから始まりました。
この記事を書きながら、毎日発信について学ばせてもらっている、
よしだ健康さんの「徒然草4.0」で読んだことを思い出しました。
「何を書くか」ではなく、「自分はどこに引っかかったのか」を掘り下げる。
今回の記事も、「怖かった」という出来事ではなく、
「怖さは消えなかったのに、なぜ少しずつ前へ進めたのか」を考えながら書いてみました。
まだまだ実験中ですが、
こうして一つずつ自分の視点を言葉にしていきたいと思います。
私が学んでいる「徒然草4.0」が気になる方は、こちらから読んでみてください。
まだまだ実験中ですが、こうして一つずつ自分の視点を言葉にしていきたいと思います。
あなたが最初に勇気を出した出来事は何でしたか。
よければ返信やコメントで教えていただけると嬉しいです。




さくらさん、お気持ちよくわかります。
今でも、Liveはびびってます🥲
不安は消えないけれど、少しずつ世界が広がればなと勇気をだしてポチ。
さくら様、私も、いつもドキドキしています。勇気ある行動、必要ですよね。🥰👍